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根室簡易裁判所 昭和55年(ろ)7号 判決

主文

被告人両名をそれぞれ罰金五万円に処する。

被告人中村實においてその罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期問、同被告人を労役場に留置する。

被告人中村水産株式会社から金三、〇八三万一、七一二円を追徴する。

訴訟費用は全部被告人両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人中村水産株式会社は、漁船第三八つね丸(総トン数六四トン九二)を所有していかつり漁業等を営むもの、被告人中村實は、右被告人会社に雇われて右同船に漁労長として乗り組んでいるものであるが、被告人中村實は、被告人会社の右業務に関し、法定の除外事由がないのに、昭和五四年七月一二日ころから同月二七日ころまでの間、規制水域内である北緯四〇度〇二分、同四一度二五分、東経一六二度〇〇分、同一六七度二〇分概位の経緯度に囲まれた海域において、同船により流し網を使用して、あかいか七万三、八九四キログラム(三、〇八三万一、七一二円相当)を採捕し、もつて規制水域において、流し網を使用していかをとることを目的とする漁業を営んだものである。

(証拠の標目)(省略)

(判示認定について)

弁護人らは、本件公訴事実を全面的に否認している。その理由とするところは、被告人会社と同様北海いかつり船団に属していた第二一福聚丸において作成されたQRY受信用紙の記載が不正確で証拠能力や証拠価値が疑わしいこと、被告人中村實の司法警察員及び検察官に対する供述調書に任意性や信用性のないこと、第三八つね丸の航海日誌、機関日誌、それらの作成者である通信士戸来一郎、機関長荒木明夫の各証言並びに司法警察員に対する供述調書、根室無線局長寺島主計作成の交信記録等により起訴事実が捜査当局の誤認であることが明らかであることなどである。

以下それらの主張を順次検討する。

前掲各証拠によれば、QRY通信は、被告人会社を含む北海いかつり船団に所属する各船が相互の操業位置、漁模様、操業状況等を把握するため一日ほぼ四回定時に暗号表を用いて暗号電話で通信するものであり、通信内容はQRY受信用紙に操業位置、漁獲量等を記載するものである。他の船はこの用紙を記載後破棄していたが、第二一福聚丸においては、受信し記載されたQRY受信用紙が破棄されず保管されていたため捜査機関に押収されたものである。

弁護人は、右QRY受信用紙の記載が不正確で信用できないとして、右用紙に殆んど記載した右船の通信士佐藤章が無線電話に不慣れなこと、定刻に記載することは物理的に不可能なこと、同一般団間でも競争関係にあり操業場所、漁獲量等について虚偽の通信をすることのあること、第三八つね丸は初の船団参加のため他船に遠慮して規制水域外にあつても規制水域内であるかの如く通信した可能性がある等と主張する。

しかし、第二一福聚丸の漁労長証人石田鉄雄の証言によれば、初の船団参加だつたので将来の操業の参考とするため揚網の多忙のときでも通信士である佐藤章に命じて定時交信を可能な限り受信し、右佐藤章も石田の右目的は知らないが、石田に命ぜられてQRY通信の時間帯においてはできる限り通信業務についており、石田と共に可能な限り記載し(特に本件で問題となつている日時のQRY受信用紙は、佐藤章が殆んど記載している。)、石田が記載してあるところで欠けているところは他の船の交信を傍受して補充するなどして連日記載し、不慣れであつても概ね正確に通信内容を暗号表により記載しており故意に曲げて書いたり聞こえなかつたり聞きとれなかつたものをいい加減に書いたことはない旨証言していること、やや虚偽の通信があるかもしれぬという趣旨の証言もあるが、前後証言の一貫していることに徴し、右QRY受信用紙の記載内容は概ね正確であり、石田と佐藤が日常の業務の過程として真摯に作成したことが認められ、また、その内容の正確さや信用性も高いことが認められる。

被告人中村實自身も検察官に対する昭和五四年一一月一九日付供述調書においてQRY受信用紙の記載が正確であること、各船で通信士が受信するのでいい加減な位置を交信することはできない旨供述している。してみれば、QRY受信用紙は刑事訴訟法三二三条二号の書面として証拠能力を有し、その証拠価値も十分高いものと言える。

漁船団で相互に若干の虚偽の通信があるやも知れぬが同一船団ではぼ同一場所で操業する(高津正の司法警察員に対する供述調書謄本)のに全くの虚偽の通信をするとは考えられず、ましてや規制水域外にいるのに規制水域内で操業しているかの如く通信するという事は不自然で考えられず弁護人の主張は採り得ない。

更に、弁護人は、前記QRY受信用紙は原本ではなく謄本であり改ざんのおそれがあるので証拠能力は認められないと主張する。

なるほど、弁護人の主張するごとく、文書の証拠調べはその原本について行なわれるのが原則である。

しかし、右QRY受信用紙原本は、証人本川(第三回公判)によつて、第二一福聚丸自身の本件と同種違反事件で使用されるため根室海上保安部においていわゆる電子コピーにより謄本作成がなされ(同一船団に属する塚田漁業部の操業違反を摘発したときもコピーを使用している。)、その謄本が本件で使用されたものであることが明らかであり、ただ、右原本は、前記石田の事件処理に使用され、その処理後還付されて石田が処分したため提出が不可能となつてしまつたものである。そして、謄本作成者である証人本川(第七回公判)の証言によれば、右謄本は何らの改ざんもしておらず謄本として認証がなされたこと、また、自らもQRY受信用紙の記載から罰金刑や追徴に服した石田や、その主たる記載者である通信士佐藤も右謄本は原本と同一である旨証言している。

しかして、前述のとおり証拠能力を有するQRY受信用紙の原本が存在したこと、右原本の提出が不可能であること、本件のQRY受信用紙謄本は、右原本を電子コピーによつて正確に複写され公務員である本川克己の謄本である旨の認証文がある写しであるから、そのQRY受信用紙謄本の証拠能力を認めることができこれに反する弁護人の主張は採り得ない。

次に、被告人中村實の捜査段階における司法警察員及び検察官に対する供述調書、とりわけ自白調書の任意性、特信性について検討する。

弁護人は、被告人中村實の司法警察員本川克己に対する供述調書、とりわけ自白をした調書は、本川保安官から「事実を認めなければいつまでも勾留する。」と脅かされ利益誘導されたものであり、出漁を控えて待機中の漁船員への配慮という焦りと、始めての勾留で夜も不眠状態のままでの取調べ等によつて得られたものであり、任意性がなく、信用性もない、また、検察官に対する自白調書は、その影響下にあつたもので、同じく任意性、特信性がないと主張する。

しかし、被告人中村實を取り調べた証人本川(第七回公判)の証言から、取調べは勤務時間の午前八時一五分から午後五時三〇分の間でなされて夜間の取調べもなく、暴力をふるつたことも、強制したこともなく、弁護人が主張するような利益誘導や洞喝、強制がなかつたことが認められ、更に、検察官には任意に供述したものであることは被告人中村實自身公判廷における被告人質問の際認めているところである。

特に検察官に対する供述では、当初否認の動機は、乗組員の配当金歩合の少なくなることや会社への迷惑となることを危惧したためと供述をしてワンマンだつただけに漁労長としての責任感からと認められ、また、規制水域では良い漁場がありつい操業するようになってしまつた等とその供述には説得力があり、QRY受信用紙を示されてからは嘘をいつても仕方がないと供述態度を変えて素直に本件犯行を認め、操業海域図を自ら海図上に書き示し、その供述内容も捜査官の知り得ない事実を具体的に述べていて矛盾がなく、大筋において客観的事実にも合致している等の事情、自白をするに至つた経緯などに照らせば、被告人中村實の自白には任意性も信用性も十分認められる。よつて、同人の供述調書の証拠能力に関する弁護人の右主張は採用できない。

弁護人は、更に、第三八つね丸の航海日誌、機関日誌、証人戸来一郎、同荒木明夫の各証言並びに司法警察員に対する各供述調書、根室無線局の交信記録等によれば本件起訴事実は捜査当局の誤認であることが明らかであると主張する。

しかし、被告人中村實の前掲各供述調書によれば、同人が戸来、荒木に命じて航海日誌、機関日誌に虚偽の記載をさせ、規制水域での違反操業を隠すために細工をしたことが一貫して述べられており、会社に打電した無線も違反操業を隠すため適当に通信していたと、述べていることからその記載は信用できない。

そして、また、航海日誌は鉛筆書きであるうえに、書き直しの箇所が多いこと、機関日誌については燃料の消費量についてはほぼ正確に記載してあると思われるものの、それにより計算された毎日一時間の消費量は七月一二日以降七月二六日まで減少を示しているのに欄外に記入した日付等と一致しないこと、七月一二、一三日はタンクの切替えのため記載が欠落しているとの弁明は被告人中村實の供述等に照らして措信できないことなどから両日誌の記載は、機関日誌の燃料の消費量を除き、信用することはできない。

証人戸来、同荒木は、同人らの昭和五四年一一月一〇日の司法警察員に対する各供述調書では、漁場選定などは被告人中村實が決めているので分からないと供述している(荒木にいたつては禁止区域で操業するかもしれないと供述)が、公判廷での証言では、各自の記載する各日誌により積極的に規制水域外で操業したかの如く弁護人の質問に応じているが、検察官からの質問に対しては、前記供述と公判廷での供述との違いを問われると黙否して答えなかつたり(殊に荒木は燃料の消費量から「理論的には一二日から操業となるが」と問われたのに黙して答えない。)、忘れた、記憶はないと答えたりして被告人らに不利益な供述は避けようとする態度がみられ、また、右両証人相互間の証言にもくい違いがみられ(例えば弁護人の「漁場にいつ着いたのか」という質問に対し、同一質問であるにもかかわらず戸来は七月一四日の四時三〇分、荒木は同日の一二時三〇分と各供述)その各証言は措信しがたい。

弁護人は、燃料消費量グラフによれば、七月二六日帰途についたと主張するが、二六日中の同グラフは一〇八リツターを示しており、そのようには確実に明示されていると断言することはできない。

以上によりQRY受信用紙記載と異なる部分の弁護人挙示の証拠は措信できず、その主張は採用できない。

以上のとおりであつて前掲各証拠を総合すれば被告人中村實が判示事実記載の犯行を実行したことが認められる。

(弁護人らの主張に対する判断)

一  弁護人及び被告人会社代表者中村一は、いかつり漁業等の取締りに関する省令一八条の事業主処罰規定は、事業主自身の過失責任に基くものであるが被告人会社には監督不行届がないから過失がない旨主張する。

しかし、右のいわゆる両罰規定は、事業主たる法人あるいは人の代理人、使用人等の従業者がなした一六条、一七条の行為に対し事業主として右行為者らの選任、監督その他違反行為を防止するために必要な注意を尽くさなかつた過失の存在を推定した規定と解され、したがつて、事業主において右に述べた注意を尽くしたことの証明がなされない限り事業主もまた刑事責任を免れないと解されるところ、被告人会社が右注意を尽くしたと認める証拠は何ら存しない。

かえつて、関係各証拠によれば、被告人会社代表者中村一は本件操業にあたつては全く関与せず、専務の中村拓造が本件操業については流し網はやめた方がよいのではないかと危惧の念を抱きながらも漁労長の言うままに何ら具体的指示や注意を与えていなかつたことが認められ、事業主としての注意を尽くしていたとする弁護人らの主張は認められない。

二  次に、弁護人は、被告人会社が追徴を課されるならば、同一日時場所で違反操業しているのに追徴を賦課されなかつた他の者と対比して不平等であり憲法一四条違反であると主張する。

なるほど、結果だけを対比すれば追徴を賦課されたものと賦課されないものとでは明らかに差異があり不平等の如く見える。

しかし、憲法一四条は、すべての国民が人種、信条、性別、社会的身分又は門地等の差異を理由として政治的、経済的又は社会的関係において法律上の差別的処遇を受けないことを明らかにして法の下に平等であることを規定したものである。

しかるに、犯人の所罰はかかる理由に基く差別的処遇ではなく、特別予防及び一般予防の要請に基いて各犯罪、各犯人毎に妥当な処置を講ずるのであるから、その処遇の異なるべきは当然である。裁判所は、犯人の性格、年令及び境遇並に犯罪の情状及び犯罪後の情況等を審査してその犯人に適切妥当な刑罰を量定するのであるから犯情の或る面において他の犯人に類似した犯人であつてもこれより重く処罰せられることのあるのは理の当然である(最高裁判所昭和二三年一〇月六日大法廷判決、刑集二巻一一号)。

追徴の賦課についてもその理は同様である。

追徴は、刑罰ではないが、没収できない場合にそれに代わるべき一定の金額の納付を命ずる処分であり附加刑としての没収に準ずる性質を有し、追徴するか否かも広い意味で刑の量定であり、犯情の類似した一方を賦課し、他力では賦課しないからといつて憲法一四条の規定する法の下の平等の原則に違反するということはできない。本件違反操業によつて不正に取得された漁獲物を被告人会社に保持させることは正義感情に反し許されないところであり、没収または追徴すべきは当然のことである。よつて、弁護人の主張は失当である。

(法令の適用)

判示所為  いかつり漁業等の取締りに関する省令一六条一項一号、一二条の三、一条一項一号、一八条

刑種の選択 罰金刑選択

換刑処分  被告人中村實につき刑法一八条

追徴    いかつり漁業等の取締りに関する省令一六条三項

訴訟費用  刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条

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